2021年2月13日土曜日

いちねん

2020年度の授業が終わった。くたびれた。
授業が終わった次の日は本当に丸一日寝てしまった。

せっかくなので 振り返る。

3月:オンライン授業の為にアホみたいにがんばる
4月:前半、3月の続き。後半、授業が5月開始になったため、実はひまだった(準備はやり尽くした)
5月:授業開始。これまでの準備がとても役に立った
6月:第一クオーター終了。通常1週間ある第二クオーターとの間がゼロで大変(4月の後半の1週間ここに欲しかった)
7月:フィルターアプリで変装できることを発見する(意訳:オンライン授業の味気なさ対策をがんばる)
8月:前期の授業終了。オンライン研究集会に参加したりなどする。
9月:小さなセミナーを対面でやる。とても良かった。会うの大事。
10月:対面とオンラインのハイブリッド授業をはじめる。
11月:(10月の続き)演習は教室での黒板発表をオンライン中継し、オンライン発表は教室でプロジェクタで投影。カンタン。
12月:演習でのシステムを利用してハイブリッド・ミニ・ワークショップをやる。楽しい。
1月:緊急事態宣言。あらら。
2月:授業終わったよ。

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花が咲き、
花が散り、
葉っぱが茂り、
葉っぱが散った。

もうすぐまた、花が咲く。
いちねん。












2021年1月17日日曜日

いたずら

高校3年生の夏休み。
教室は自習室として解放されていた。

家で勉強するのが苦手だった僕はよく高校に行っていた。
1時間半ぐらいかけて。

勉強もしていたけれど、校庭に走りに行ったり、校内を散歩したりもしていた。
「15分考えてわからなかったら、答えをみる」
みたいな意見が受け入れられず、同じ問題を1日ずっと考えたりしていた。

僕はあるいたずらを始めた。

初等幾何が好きだったけれど、どうやら受験に初等幾何はほぼ出ないらしい。
補助線を引いたりして問題を解くのも好きだったが、
そのうち僕は自分で問題を作るようになった。

高校3年生、みんなが受験勉強をしにくる教室の黒板に自作の問題を書いておいた。

あのとき結構「初等幾何好き」がいた。
「ばかやろー、気になるじゃないかー!」
と言って、僕の作った問題を解いてくれる友人たち。

受験に直接は役に立たないけど、楽しかった。
日によっては、わざわざ学校へ行って問題作っただけで終わってしまったり。
「まじで、本当にやらなきゃいけないことあるからやめてくれ」
とお願いされて反省したりしていた。

割と本気で迷惑ないたずらだったかもしれない。
今更ながら言い訳をするならば
「こんなに楽しいのになー」
である。
いや、今思うとひどいいたずらである。
いつも、どこまで本気でどこまでふざけてるのかわからないと言われる。
僕はいたって真面目です!
だめか。

「夢中になってやっていたこと」が生きる人生であってほしいと思っている。
実をいうと修士論文で"初等幾何"をふんだんに使ったから、役に立った(僕だけ)。


初等幾何好きな人たちはどこに行ってしまったんだろう。
もっと楽しいことを見つけちゃったのかな。
たしかに僕も、いまはもうちょい楽しい幾何を知っている!


あのときの教室は楽しかったなとふと(うそです、みんながんばってるから)思い出したのでした。

2020年12月20日日曜日

本棚

 基本的に若いうちは “多くを知っていること” より、“数学を学ぶ理由” をどれだけ確固たるものに できるかが大事だと思っています。ということで、数学書も多少載せましたが基本的には僕が読んで 「研究者に、数学者になりたい」と思うようになったきっかけや、元気をもらっていた本を適当に並 べてみました。お気づきかもしれませんが、僕はたぶん変わった人です。ですので、このリストはたぶん少し変わったリストです。

一般向け書籍

• 100年の難問はなぜ解けたのか―天才数学者の光と影–

ポアンカレ予想を解いたペレルマンが主役?の本。ペレルマンは捕まらないので、ポアンカレ 予想に関わった多くの(超一流)数学者へのインタビューがたくさん。あとがきの最後の一言 が好き(ぜひ読んで)。

• 若き数学者への手紙

数学者が、数学を志す女の子、メグに向けて数学の面白さ、価値を伝える手紙をまとめたもの (実際に送った手紙ではなく、おそらく「そういうスタイル」の本)。幼いメグに向けたものか ら、だんだんと成長していくメグへ、数学者として生きる楽しみや、ちょっとしたコツなどかがとても良い語り口でまとめられている。

• 志学数学 -研究の諸段階 発表の工夫

数学を志す人(これから志そうという人を含む)のためのアドバイス集。勉強の仕方、セミナー の準備の仕方、研究へと進むために(おそらく)実体験をもとにした激励の言葉がたくさん。 よいですよ。

• シンメトリーとモンスター 数学の美を求めて

一応、一般向けの本みたいだけれども、ある程度数学がわかる人(きっとみなさんなら大丈夫) でないと楽しめないかも、と言う本。基本的には多面体などの対称性としての群論などの話だ が、多様体の対称性もかなり同様の理論であり、幾何の話にも感じられる。原著を読んでも良 いかも。

• ご冗談でしょう,ファインマンさん 

ただただ僕が好きな本。ファインマンは物理学者(ノーベル賞受賞)であるが、分野が多少違っても “研究生活” に大事なこともたくさん書いてある。基本的には、ファインマンのいたずら集。

•  江戸の科学者

江戸時代の科学者の物語。数学者もでてきます。江戸時代は今のように国が科学にお金を出し たりしているわけではないため、学ぶ理由に “日本のため” や “楽しい” など、現代とは違う覚 悟が見える。

2 きっと読める本 

• Algebraic topology

Allen Hatcher による代数的トポロジーの本。基本群など、“知っているべき” ことが全部書か れている。著者が pdf を公開しているので無料でよめる。

• Topology from the Differentiable Viewpoint

フィールズ賞受賞者で、授業や講演も上手な John Willard Milnor の本。通常とは違う定義で 多様体などが定義されているが、きっと読める。和訳も出ているがどうやら和訳の方は評判が あまりよくない(僕は読んでいない)

• 結び目と量子群

有名な「体積予想」を提唱した数学者の 1 人である村上順先生の本。これはとても読みやすく、また “研究に近い” トポロジーを経験できる。

• 多様体の基礎

日本人で、幾何をやる人はほぼ全員(一部なら)読んだことがあると思われる本。ダンディな 松本幸夫先生による、とても丁寧な解説(これを読んで、説明がくどいわ!と思うようになっ たらいい感じ)。ただ、授業でも多様体はやるだろうからその意味では焦って読む必要はない かも。

2020年11月8日日曜日

数学とRPG

数学はRPGのようだとよく例えられる。
新しい定理や概念を覚えることは、新しい武器を手に入れたり、
新しい魔法を覚える感覚に近い。
RPGならば、新しい武器や魔法を手に入れる他に、強さを増す方法がある。
レベルアップだ。ひとは、いつレベルが上がるのか。
色々な意見があると思うが、僕が思うに、人のレベルは感動した時に上がる。
数学をやっていると、議論がわからなくて数時間、数日、数週間、・・・。
長い時間考え続ける必要がでてくる。
長い思考の末に、考えていた問題に秩序を見出し、「意味不明」だった議論が「ほとんど自明」になる瞬間がある。
少なくとも僕はそんなとき、とても喜び、楽しいと感じる。感動がある。
心が動くと、座っていられなくなってお散歩へいく。ちょっとした勝利の行進である(ひとりだけど)。
感動が大事な学問ならば。
巷でよく言われる「正解が一つでつまらない」「無機質で合理的でお堅い」そんなイメージとはだいぶ違うだろう。
(数学の世界に長くいると忘れがちだが、世の人は本当にこんなイメージで数学をみているようである)
心が動くためには、感性が必要だ。
感性はつかみどころがなく、結果として驚くほど簡単に``忘れられる''。
ふとした風に肌がふれる心地よさに気付き、感動したりしないだろうか。僕は、よくある。
何度も同じように感動してしまうのは、僕が愚かだからかもしれない。
(僕の)感性は本当にすぐ、大事なものを忘れてしまう。たぶん、忘れてはいけないものもたくさんあるはずだ。

と、ここまで書いてふと思った。
授業というスタイルはどうしても、技や魔法の伝達に重きをおきがちだ。
レベルアップは確かに「自分でするもの」かもしれないが、
そんな視点があっても良いかもな、などと思っている。

2020年10月31日土曜日

はっけん

 え?もう寒い?

秋よー、あっという間だなー。。

と思っていたら帰ってきた気がする。秋。

最近、ちょっと良い数学を"思いついて"喜んでいた。もう、と言うべきか、まだ、と言うべきか、数学をはじめて12年、ひとまわり。大学卒業後からなのでスタートは遅い。

こんな数学を思いつくなんて、長くやってきた甲斐があるなーと思ったりしたけれど、違う違う。

思いついた、だなんてウソ。それじゃあ僕からでてきたみたいじゃないか。
たまたま出会っただけだ。
その上、ぼくはうっかりもので出くわした数学を書き留めるときに小さなミスをたくさんするから数学の姿をつかみ損ねる。
ある程度書けて、ここまで書けたら、その先で容易に想像できそうな箇所がたくさんあっても、目を凝らしてウンウン唸って、なんとか復元できる(そこでもミスる)。
たくさんの周りの人に助けてもらって、どうにかこうにか形になる。

僕の力を超えて、色々できる感じが数学っていいなあと思っている。

最近、なぜか気分が乗って野菜や果物をたくさん机に並べている。りんご、かき、みかん、アボカド、かぼちゃ。いろいろ。
特に僕は何もしていないけれど、みんなだんだん熟れていく。美味しいタイミングが見たり、触ったり、においでわかるようなってきて、楽しい。数学が熟れていくさまと、似ている気もする。僕は何もしていない。ただ、いい感じになったときに、美味しくいただくのだ。

という気分で研究をしている今日この頃。
秋らしいかなと思っている。いいか悪いかわからないけれど、僕は好き。

2020年9月12日土曜日

謳い文句

トポロジー、双曲幾何、そして数値計算。
最近になって機械学習との関連で注目を浴びていると聞く。
でも、この講義ではそんな最近のトレンドは出てこない。
トポロジー、双曲幾何、そして数値計算。
なあ、これらを使ってお金が儲かりそうなことを考える前に、
やるべきことがあるだろう?
トポロジーも双曲幾何もそして数値計算も、
震えるほどに、面白いんだ。
気づいているだろう。
どれだけやる気があって、どれだけ能力があって、どれだけ努力しても。
ただただ楽しんで、夢中になっている奴には敵わない。
楽しんでるだけで、努力してるだなんて微塵も思っていない、そんな奴がいるんだ。
楽しむ。それは、特別な人だけが持つ特権なのか?
そんなことはないだろう。
このレクチャーの目標は、楽しさを伝えることだ。
いつも思っていることがある。
講演とか、授業とか。「わかりやすい」が売り文句になりすぎだ。
赤ん坊にとって、世の中はわからないもので溢れている。
何一つ、わかりやすくしてくれなくたって、
赤子は、言葉を覚え、考え、どんどん吸収していく。
なぜか。
世界がどうしてもわかりたいと思えるほどに、魅力的だからだ。
講演や授業は、わかりやすくなくていい。ただ魅力的であればいいんだ。


どうか聴きにきて欲しい。
トポロジーに、双曲幾何に、そして数値計算に。
僕が、夢中にさせてやるよ。
学ぶことが楽しくて仕方がないと、そう思わせてやるよ。
そうしたならば、あとは楽しむだけだろう?

すみません、とても調子に乗りました。こんな気分でお話しします。

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お話ししていません。いつか実現すると良いなと思っています。

2020年8月29日土曜日

情報の伝達速度

 数学の発表では黒板が好まれる。
100人を超える聴衆がいたとしても、黒板で発表することは往往にして選ばれる。
なぜか?
もちろんスライドを用意して巧みに発表する人はゼロではない。
けれど、実感として9割のスライド発表は聞く気が起きない。
一つの理由としては、「早すぎる」ことが挙げられる。
一度に大量の情報を提示できてしまうために、「伝わった気」になりやすい。
情報を見せることと、伝えることのギャップに気づきづらい。
黒板発表では、文字を書くスピードに限界がある。
(注:その限界は想像よりも上にあり、マシンガンのようにチョーク音を響かせる人はたくさんいる。それでも、スライドとは比べ物にならないほどに、伝わる)
他にも、「再現性」も大切らしい。
黒板発表では文字は普段自分が書くのと同じように再現される。
それが頭に残りやすいらしい。
きちんとした証拠を調べたわけではないけれど、実感としてはとてもよくわかる。
黒板。なにより、数学がその人の体から溢れ出てきている様子をまさに見ることができる。
これがとてもよい。道具に頼って失って欲しくないものだ。

もう一つ、黒板発表を僕がオススメしたい理由は「効率」だ。
一見スライド発表の方が効率が良さそうに思えるかもしれない。
しかし、プレゼン資料の作成には膨大な時間がかかる。
少なくとも僕には「やってられない」。
黒板発表だったら、せいぜい発表時間と同じ時間があればいい。
とりあえず発表練習をしてみて、文献や説明がスムーズにいかないところを一度見直せば十分だ。
僕なんか結構準備なしで発表している。
逆に言えば、時間をかけるべきは「理解」であり、
十分な理解ができていない事を発表「できない」がゆえに、黒板は良い。
「スライドがあると安心だから」
よく聞くその理由は黒板発表に挑戦して失敗するよりも、はるかに多くのものを失っている事を知ってほしい。
成長の機会。それより大事なものが他にあるのかい。

少なくとも英語では講演のことを「Talk」という。
「プレゼンテーション」ではなく「トーク」。会話である。
会話がしたい。資料を見せられると、会話になりづらい。
"プレゼン"資料って言ってしまうだろう?

もうあんまり隠す必要もないと思うので正直に言うと、僕はほとんどのスライド発表を聞いていない。
面白くないし、疲れるから。
通常だったら特に問題はない。結局、数学的に面白い講演はほとんど板書だ(卵?鶏?)。
今はオンラインでスライド講演が増え(僕は黒板発表を中継していますが)どうにも困っているけれど。まあ、聞いてなくてもバレないので大丈夫である。

板書が、手書きが、生身が。
一番効率よく、情報を伝える分野があると言う事を知ってほしい。
めちゃめちゃ格好よくない?
カッコイイよ!
数学やろうぜ!