「 理想三角形」ってどの辺が「理想」なんですか?
学生に尋ねられて、少しだけ英語について授業で話をした。
「理想三角形」は「ideal triangle」の訳語である。
頂点が考えている空間の上にないので(無限遠境界上にある)、"頂点が存在する体で"三角形を考えている。「ideal」を安直に訳して「理想」である。英単語のideal を辞書を調べてみると(PCに入っている「ウィズダム英和辞典 / ウィズダム和英辞典」を使用)
1 «…にとって» 理想的な, 最適な, 申し分ない «for» 2 〖名詞の前で〗(理想を満たす)想像上の, 空想上の〈世界・社会・仕事など〉; 非現実的な〈計画など〉(↔ real, actual) 3 〘哲〙 観念(論)の, イデアの.となる。意味合いとしては2と少し3が近い。無限遠境界は考えようによっては存在しているし、立場を変えれば存在していないとも思うことができ、あったら嬉しいけれど、想像上のものと見るのが良いかな?の「ideal」である。「理想」という日本語からは少しずれている。同様に数学(もしくは幾何)でよく現れる単語として「virtual」がある。「仮想」と訳されることが多い。これも辞書をみてみると1 (名目上または厳密にはそうではないが)実質上の, 事実上の 2 〘コンピュータ〙 a. 仮想の, バーチャルな, コンピュータによって作られる b. コンピュータ上の交信による. 3 〘光学〙 虚の となる。最初にでてくるのは実質上の、事実上の、である。テニスで勝負を決めるブレークポイントを「this is a virtual match point」と言ったりする。本当はそこでブレークしても、次にキープしなければ勝てないけれど「実質的に」マッチポイントなのだ。「仮想」マッチポイントとはだいぶ違う。よく群論や幾何で性質Pに対して、「virtually P」という。「仮想P」と訳される。これは、有限で抑えられる操作(通常は有限指数部分群や有限被覆をとる)ののち、性質Pが満たされるの意味である。どう考えても「仮想」ではなく「実質上」のほうが近いが「仮想」が訳語として広まっている。同様に「virtual reality」は「仮想現実」と訳されることが多いが、おそらく「実質的に現実と感じられるもの」のほうが近いのではないかと思う。日本語と英語は異なる文化背景のもとに生まれた異なる言語である。それゆえに言葉と言葉にぴったりな対応はない。単語の対応その他、言語的な距離の大きさゆえに学習に困難がある。しかし同時に、大きく異なるからこそ自分の視点を広げてくれるものでもある。英単語を辞書で調べると通常いくつか異なる日本語の単語が載っている。それが一つの英単語に対応している。列挙される日本語を眺めながら、僕はちょっと数学的な感じで最近は楽しんでいる。"意味の空間"を想像し、その意味の空間の上で列挙される日本語の張る空間を考える(線形空間的な)。それがその単語の"意味"の空間である。もちろん多くの"意味"は線形独立ではないだろうし、そもそも意味の空間は線形ではないだろう。それでも一つの単語の張る部分空間を考えると楽しい。「enjoy」という単語が数学では「(良い構造などを)持つ」の意味で使われるが、「持つ」とこれまで自分が感じていた「enjoy」の間につながりが見えたら、ちょっと自分の言葉が豊かになった感じがしないだろうか?単語の張る部分空間全体が、その単語の意味になることはほぼなく、実際にはその部分空間のとある部分領域がその単語の意味として使われている。その部分領域は、人によって時代によってたゆたっている。意味の空間の中でふわふわと浮いている多数の単語がいて、自分が新しい単語を知ると、他の単語同士の関わりや、今まで見えなかった軸や次元が見えた感じがしたりして、楽しい(この感覚がわかりうるのは数学を知っている人だけ?)。数学は「ものの見方」の学問なんですよ。とよく僕は説明するが、実際にはこんなことを考えている。後半はあまり伝わらない気もするが、まあそれでもよいのだ。僕は楽しいから。