2017年12月9日土曜日

数学と工学4

工学部ではよく聞く「役に立つ」ということば。

この研究はこんな風に「役に立つ」
制御理論はたとえば飛行機を安全に飛ばすのに
線形代数はたとえば画像、映像を編集するのに
整数論はたとえば通信の安全性に、正確さに
グラフ理論はたとえばアルゴリズムを作るのに
プログラミングができれば、たくさんのものを作るのに

役に立つ。

役に立つって、なんだ?
きっと考えないほうが良いことを、考え始めてしまったのです。

そのとき、ぼくが手に持っていたのは携帯電話でした。
世の中にあふれている、工学部で考える「役に立つ」ものの代表格。

確かに、便利。
いつでもどこでも、話せる、メッセージを送れる。

でも、だから、いつでもどこでも、電話がかかってきて、メッセージがやってくる。
これを嫌がっている人は結構いる、とくに数学をやっている人では

ぼくは、それに加えてなんというか、距離感、が苦手だった。
ひとと、ひととが仲良くなるのを妨げているような、そんな感じ。

携帯電話がない時代の、待ち合わせってすごいなといつも思う。
ともすると、現代では奇跡みたいな扱いを受けることを
日常的にやっていたんだろうなと

まぁ、適当に現地で!
それができるのは本当に便利だし、すごいと思うけどその分
当時必要だった信頼関係とか、暗黙のルールとか
ちょっと素敵なものが"必要なく"なってしまっていると思っていた。

さらに、インターネットでたくさんのものに触れられるようになり
どんどん、どんどん情報過多に。

広く薄く、広く薄く。
そんな感覚にどうにもうまく付き合えない。

そんなとき、数学に出会い、その
深さに、静けさに、確かさに
あぁ、なくなりそうなものを、とても大事にしている世界があると思いました。

たくさんの家電ができて、いろいろな作業が"楽に"なった。
けれど、大変だったからこそ、よく見えた"工夫"があったはず。

世の中がどんどん"便利に"なっていくなか、
知らず知らずのうちに失ってしまいそうなものが
ここにはあるなと思ったのです。

ぼくの高校では、1年生の時に「校長先生の授業」があった。
ものすごく人気のあった校長先生がやめた、そのあと1年目の校長先生。
とんでもない気合いで、本当の意味の
「豊かさ」とは何か
そんなテーマで授業をしていた。
間違いなく、本気の、授業だった。

まだガラケーを使っているぼく。
「遅れてる」と言われることもある。

でも、ぼくは"そっち"が本当に前なのかわからなかった。

当時の悩みを思い出しつつ書いて、まとまりがなくなっていますが
その後、数学を選んだことは、
ぼくにとっては
正解だったと思っています。
当時は知りませんでしたが、数学は本当に自由な学問で
そしてぼくはとても自由人でした。ぴったり。

とりあえず、数学と工学、おわりです。