2020年1月25日土曜日

ゆるし

何かを学ぶことは、楽しいことだ。
楽しいことを続けていたくて、それで研究者を目指した。

いま、曲がりなりにも、研究者。
楽しいことをしている。
もっと言うと、どうしても、自分がもたないこともあり、
楽しいことを、楽しいように、やっている。

カフェで、海辺で、公園で。他にも色々。気ままに出かけて考えている。
時折、サボったりもする。
のんびりすると、いいことがあると知ってしまって、サボっているのか、実は必要なのかわからない時間を過ごす事もある。
最近は数学そのもの以外にも、「数学とは」とか「数学の価値、意味」みたいなことも、しばしば考えたりする。「持続可能な数学」とか。
これは、サボり?
のんびり好きなことを考えている。
良いなー、素晴らしいなーと思う一方で、とても気になる事もある。
給料は税金からもらっている。

良いのかなー、と思う。
価値があると、いう、設定になっているから(設定とか言っちゃう)だろうけど。
本当かなー、と思う。

一方で、だからこそ、できる思考がやっぱりあるなとも思う。
世間からの人気とか、評価とか考えなくていい。

いや、本当は、考えた方がいいのかな。
実を言うと、最近、少しずつ人の目が気になるようになってきた。
なかなか合わせることはできないけれど、一つ、できるようになったらいいなと思うことがある。
じっくり考えたことを、とっさに引き出せるようになりたい。
これができると、世間に多少顔向けできる気がしている。

ずっと不思議だけれど、例えば「ブログのネタ」みたいな、ざっくばらんなことについて考えたことを、僕はすぐ忘れてしまう。結構色々考えているのだけれど、忘れてしまう。メモをとるように、ここに書く事も多い。
考えた数学はなかなか忘れないけれど、他のことは簡単に忘れる。
ただ、世の中の人と数学を話すときは忘れがちな思考の方から言葉を探した方が、どうやら届く。会話が終わってから、しばらくたって「あー、そのこと、すごくしっかり考えて、答え持ってたじゃん」と思うことが何度もある。
まだまだ経験不足で、場数を踏めばよくなるのだろうか。

と、こんなことを考えるのも、サボりかな。
えーっと、うん、許しておくんなまし。

2020年1月18日土曜日

幾何化予想

僕の研究しているトポロジーは「柔らかい幾何学」とよばれる。しかしながら、幾何学と呼ばれてはいるものの、トポロジーの肝は形の「幾何」を忘れることにある。この「忘れる」という考え方が、数学において本質を掴むために大事な操作の一つである。例として「1+1」と「2」という二つの表現について考える。1+1という表現は2がどうやってできたか、すなわち2の成り立ちについての情報を持っている。何かが一つ、他に何かが一つあって、その結果として2を得たと「1+1」は教えてくれる。それは、100÷50でもなく、5−3でもなく、1+1である。単に2と表現するより、1+1と表現したほうが情報の量が多いのだ。その情報を「忘れる」操作が計算であり、1+1を=2と計算することにより、2の成り立ちを忘れる、捨てることができる。「自分にとって本当に大切なもの」以外をすべて捨て、心の底から思い入れがあるものだけに囲まれて生きると、心地が良い。ヨガの哲学からくる考え方を断捨離と言うらしい。数学において、色々な情報を忘れたい、捨てたいと思う考え方はこの断捨離に近い。数学には様々な、「忘れる」技術がある。沢山の情報を忘れ、捨てたあとに「残っているもの」が大切なのだ。トポロジーは、形から「幾何」という量的な情報を捨てることにより、形の本質に迫る数学である。起源はオイラーがケーニヒスベルクの橋の問題を解決するのに、グラフ理論を創始したところにあるらしい。グラフ理論は、つながりの数学だ。ある種の「つながり」に距離は関係がないと、オイラーは発見した。長さという幾何を、捨てたのだ。そうして始まったトポロジーを大きく進展させたのが「ポアンカレ予想」で有名なポアンカレだ。ホモロジーやホモトピーの考え方を発見し、トポロジーを研究する礎を築いた。トポロジーは幾何を捨ててしまっているので、そこから計算できる量を取り出すのが非常に難しい。ホモロジーやホモトピーは、トポロジーから計算可能な対象を取り出す、画期的なアイデアだった。そのポアンカレがどうしても解けなかった問題として有名なのが「ポアンカレ予想」だ。3次元球面はホモトピーの、たったひとことの言葉で特徴付けられると予想したのだ。この問題は、多くのトポロジーの研究者、トポロジストを惹きつけた。約80年の時を経て、ポアンカレ予想に新しい視点を与えたのがサーストンだ。ポアンカレ予想の解決に向けてサーストンが提唱したのが「幾何化予想」である。幾何は形の長さ、角度、体積などの量的な情報を与える。その幾何を忘れることにより、形の「質」に迫ったトポロジー。サーストンは、研究を突き詰めていくと、実は形の本質を捉えるトポロジーが、何か特別な幾何を決める例があることに気づいた。これが「幾何化」と呼ばれる考え方である。ポアンカレ予想は、空間が丸い場合に関する予想だが、「幾何化予想」は全ての3次元空間に関する主張であった。問題を大きな枠組みの一部としてとらえ直すことで、その実態に迫った。トポロジーから決まる「本質的な幾何」があれば、かたちの「質」を「量」で調べることができる。この「本質的な幾何」は、トポロジーを調べるのに有効なだけでなく、とても綺麗であった。「幾何化予想」は、幾何化が標準的な分割のあと、いつでもできると主張している。一度捨てた幾何が、トポロジーの研究の先に、綺麗な姿で、そこにいるだろうと。

2020年1月12日日曜日

めたもん

メタモン、ポケモン。
こいつは、かたちがない。
ただ、であった相手にへんしんする。
へんしんすると、相手と同じ技が使える。
なにものにも、なれる。

数式。$x$とか$y$とか。
こいつは、かたちがない。
ただ、その場その場で、色々なものにへんしんできる。
ひとたび、へんしんすると、
驚くほどぴったりはまる、ことがある。
なにものにも、なれる。

ことば。
こいつは、かたちがない。
最初は音だけ。
ただ、まわりにあわせて、積み重ねて
多様なかたちに、へんしんできる。
知っているはずのことばが、新しいへんしんをしたとき、嬉しい。
なにものにも、なれる。

メタモンが、へんしんしたあと、その強さを決めるのは、もとのメタモンのレベル、経験値。
メタモンを鍛え上げておくと、へんしんしたあと、強い。

数式が、へんしんしたあと、その効果を決めるのは、その数式から積み上げられた理論、その深さ。
数学を鍛え上げておくと、へんしんしたあと、強い。

ことばが、へんしんしたあと、その力強さを決めるのは、そのことばに対する理解、思考。
たくさんの背景でそのことばに触れて考えて、鍛え上げておくと、へんしんした後、強い。

みんなにている。
数学は共通点の学問だと思っている。
きっと、これも数学。

2020年1月4日土曜日

かたちのおとの、おもちゃ

マーク・カッツが1966年に提唱した
「太鼓のかたちが聞こえますか?」
という問題について考えている。

考えていると言っても、この問題には
すでに様々な回答が知られている。
とても印象に残る問いかけで、多くの人が研究してきた。
数学の研究として、(虎視眈々と目は凝らしているが)新しい貢献を見いだすのは容易ではない。
ただ、とても面白い。

素敵な問いかけだ。
数学の言葉に直すと
「ラプラシアンの固有値のスペクトラムは幾何を決定するか?」
となる。
これだと、もちろん数学的には面白いと感じるが、なかなか心には残らない。
ラプラシアンの固有値のスペクトラムはフーリエ変換により、音に対応する。
かたちの発する音を聞いて、かたちが見えるか?という問いに言い直したのはとても偉いなと思う。

問題を理解するのによい、簡単なモデルのことを
よく Toy Model という。おもちゃで遊ぶのだ。
今日は、「かたちのおと」を理解するのに良い
おもちゃについての、おはなし。

考えるのは、直線の上の有限個の点だけ。
例えば、$\{0,1,3\}$という点を考える。
外側を忘れて、$0$を$3$の間だけ考える。
これを、長さ$3$の弦だと思う。ギターなどの弦。
太さや素材などをひとつ、これと決める。
はじく。びーん。
弾いた時の音を決めるのは何か?
長さだ。
音楽でも理科でもきっと習う。
長さが音を決める。
逆に、("無限"に耳のいい人ならば)音を聞けば、長さがわかる。
だから、「かたちのおと」の話は、ここでは、かたちの長さの話になる。

$\{0,1,3\}$の長さってなんだ。
点と、点との距離だ。
$0$と$1$の距離は$1$。$1$と$3$の距離は$2$。$0$と$3$の距離は$3$。
$\{0,1,3\}$の長さを集めると$\{1,2,3\}$となる。
長さ$1$の弦、$2$の弦、$3$の弦。みんな違う音をだす。
だから、$\{0,1,3\}$のどこか二つを押さえて、
奏でることのできる音の集合が$\{1,2,3\}$という長さの集合で決まる。
この、長さの集合$\{1,2,3\}$から$\{0,1,3\}$という点の配置を復元できるか?
カッツの問題のおもちゃは、こんな問題。

$3$点だと、長さの集合から点配置の復元が簡単にできる。
もちろん、平行移動、それと反転は長さの集合を変えないから
それをのぞいて、ただ一つに決まる。
実は、$4$点でも、$5$点でもそう。
$5$点までの配置は、音で決まる。

それが、$6$点だと成り立たなくなる。
全く同じ音をだす、違うかたちが見つかる。
違うかたちの太鼓を叩いて、同じ音がでたら不思議だ。

こんなことを学んでから、音を聞くのが楽しい。
色々な音がある。大概、みんな、かたちが違う。

兄弟、姉妹、親子。
声が、言い方が、すごく似ていたりすると、驚いたり、楽しかったりする。
かたちも似ていたり、ぜんぜん違ったり。

音のかたち。

明けましておめでとうございます。
今年もよろしく、お願いします。

ちゅー、ちゅー。
ことしのおと。