2019年10月27日日曜日

中国

中国に行ってきた。
噂には聞いていたのだけれど
本当にGoogle 関連(youtube 等も)SNSは全く使えなかった。
ちょっと冗談かなとも思ったんだけど、本当だった。

そうだよな。なくても別に社会は成り立つよな。

自己主張の国だ。
横断歩道を渡るのが難しかった。
切れ目なく車が往来する。
車線すら、結構無視されている。
右側通行で、信号が赤でも右折はOK。
つまり、歩行者の信号が青でも車はひっきりなしに通る。

初めは、誰かについて行くことしかできなかった。
みんなどうやっているのだろうと観察していた。

だんだん、ちゃんと意思疎通をしていることが見えてきた。
横断歩道を渡るとき、

あのー、渡らせてもらえませんか、いや、えっと・・・

そんな空気を出していたら、いつまでたっても渡れない。
車と人だし、言葉は交わせない。僕は、言葉は話せない。
でも、空気は伝わる。わかってきた。

よし、僕はこれから横断歩道わたるからな!止まれよ!
しゃーねーなぁ。

こんな"会話"をすれば、横断歩道は逆にいつでも渡れた。
互いに強い主張をしても、成り立つのは
互いに主張を受け入れられるからなのかもしれない。
意外と面白い。
僕は強気の会話でないと伝わらない気がしていたけど

わしゃー、これからここ通るでよ。轢かないでおくれよ。

とおじいさんが、横断していた。ちゃんと通じていた。
ただ間違いなく、おじいさんも主張をしていた。

日本はマナーが良いと言われる。
言わなくても伝わる。
それはとても素晴らしいことだと思う。
でも、そのせいで
言っても伝わらないことや
言われたことを受け入れられないことも
案外多いのではないかなと
そんなことを思った。

2019年10月19日土曜日

elegant と arrogant

英語を聞いていて、
あれ?エレガントと言った?ここで?
と思うことが何度かありました。

よくよく聞くと elegant ではなく arrogant でした。
エレガントの意味はまあ、わかるけれど
arrogant は傲慢な、とか横柄な、と言う意味。
LとかRとか、たぶんわかる人にはわかるのだろうけど
発音がよく似ており難しい。

I was elegant と聞こえて、ん?となり、正しくは
I was arrogant だったりしました。
I was elegant とは、なんと arrogant なんでしょう。

しかしこんなにも発音が似ていると考えてしまう。
elegant であることは、もしかして arrogant であることに近いのではないか。
もしくは arrogant の先にelegant があるのではないか。

英語が生まれた時、すでに人は
こんなことをわかっていたのか!すごい!深い!

なーんて思ったりするのだけれど、最近、こういった
気づき、とか、ちょっとした思考が「すごい」とか「深い」とか
そう思うのは気のせいかもしれないなと感じはじめている。

深い、とか。簡単に言い過ぎではないかと。
そこはもしかしたら、浅瀬ではないかと。
便利な褒め言葉として、深い、が使われてはいやしないかと。

数学を思い出してみる。僕はいまだに数学の深さ、とか、美しさとかが分からない。
分からない、と言うと言い過ぎかもしれないけど、納得はしていない。
何度か多少深くに進んだ記憶はあるのだけれど、その時でさえ
この深さは「普通」で、その先にきっといける人は
いくのだろうなという感覚が残っていた。
それには、今いる場所を深いとか、言っていられない、そんな気持ち。

深い!すごい!などと思った時、問いかけたい。
そこは、ゴールなのかい?

2019年10月12日土曜日

じあまり

台風で みんなやすみで なんかいい
多くの人が やすめますように

じあまり。

いつもより、静かで、平和だ。楽しい。
そんなことを言うと怒られるのだろうか。
まあまあ、良いではないか。
こんなに東京で自然を感じられる機会もないのだから。

ぜんぶ受け入れて、楽しく生きるのさ。

2019年10月5日土曜日

現代数学レクチャーシリーズ

日曜の午後をまるまる使って数学の講演を聞くという大層な企画に、無料とはいえ本当にたくさんの人が集まってくれました。きっと企画をしてくれた、すうがくぶんかさんのお力が存分に発揮されたと思っています(すごい!ありがとうございます)。

早々に講演を終えた僕は他の人の話を聴きながら
やっぱり数学っていいな
と、ずっと思っていました。
数学の良さをもっと知ってもらいたいなと思うようになりました。

そういえば、1年ほど前に「数学小噺」とタイトルをつけて講演をした際に、数学の"おきどころ"を「笑い」と同じような場所にしたいと思っていた。

数学者は「数学にできるもの」を日々探している。芸人さんが日常に笑いを探すように。笑いのある日々と同じくらい、数学のある日常も、きっとよいもの。簡単な数学から大学レベルの数学まで、言われないと気づかないけれど、確かにそこにある数学を紹介していきます。

こんな謳い文句で講演をした。小さなところに笑いをみつけてにっこりするように、小さなところに数学をみつけて、にっこりできたら、なんでもない日々が楽しくなるだろうと思っている。

みんなは気づいていないけど、気をつけてみれば、ちゃんと見つかるんだよ。

そんな話をしたら、女の子が
え、妖精さんみたい!
と言っていた。

そうそう、そんな感じ。そんな感じ。こんな純粋な形で伝えられたらいいな。おっさんには難しいかな。今回の講演を少しずつ育てていけたらと、思っています(なので、呼んでください笑)。ありがとうございました。