2018年7月28日土曜日

だけれども

サイエンスカフェのアンケートを
まとめて送ってもらいました。

そのうちの一つ

Q. 講演内容は理解できましたか?

理解できた :52
やや理解できなかった:26
理解できなかった : 4

最後の「理解できなかった」人たちの
コメントがとても良い
(表現は変えています)

わからなかったけど、
面白かった。

わからなかったけど、
算数をもっと楽しくやりたくなった。

わからなかったけど、
わかるようになりたいと、思った。


ぼくは勝手にそうそう!これこれ!
と思っている。

ぼくはわかりやすく、わかりやすく
という風潮に賛成しない。

難しい、わからないことを
わかりたい、わかってやると
そう思えるようになってほしい。

感覚としては

転ばない方法ではなく
人は転んでも何度でも
立ち上がることができることを
教えるべきではないのか!!

というどこぞで聞くような考えが近い。

わかりたいと、思わせることが
教育じゃないかなと
勝手に思っている。

もっというと、今回「わからない」といった人は
自分に嘘をついていない。

数学で、勉強で、一番怖いのは
「わかったふり」

その意味でも、
今回「わからなかった」人たち
とてもいい。

ちなみに総評は
とても満足:56
満足:19
まあまあ:9
不満:1

だったそうです。

2018年7月21日土曜日

エッシャー展

エッシャー展に行って来た。
友人の「スターは呼び捨て」という考え方が好きなので
エッシャー、呼び捨てにします。

展示はカテゴリーに分けられていて
テーマ別に作品が並んでいた。
ぼくは、なんとなく"いつ"の作品なのか
気になって年代に注意して見ていた。
たまに、とても素朴な作品があって
それらは10代のころに作られたものだった。

若い頃は人物や、風景
徐々にキリスト教など宗教に関する作品が増えて行った。
戦争の後に、人を描くことをやめたという。

年齢を重ねるにつれ
作品から見て取れる思考の量が増えていく。
悩みや怒り、絶望に近い感覚
この辺を表現する日本語の力を
ぼくが持ち合わせていないのが歯痒いけれど
深く、ものを考えた人からしばしば感じる
悲しみ、がそこにはあった。

そうして、エッシャーは50歳くらいから
数学から発想を得たであろう作品がでてくる。

この思考の流れは、なんだかとても共感できた。
ぼくは演劇が好きでよく見に行くけれど
演劇、或いはもっと広く、芸術から
得体の知れない不安を感じることがある。

とても共感しているのだけれど
そこにある感覚が
"つかみどころがない"。
ぼくから見ると心もとない場所に
作っている人たちは
その瞬間の全身全霊を置いて来ている。
どうして、そんなことが
と怖くなる。

そういったものを見た後に
数学をすると、安心する。
"頼り甲斐"がある。
数学は、とても自由だけれど
一方で論理という強い制約を受けている。
それが、頼り甲斐の所以かと思っていたけれど
もしかしたらもっと深い理由があるのかとも
最近おもっている。

エッシャーのタイリングの絵をいくつか知っていて
それを目的に見に行ったけれど、
作品の年代をみながらエッシャーの思考を
自分なりに追いかけたら、
自分と似ていると、
まぁぼくが勝手に想像しただけですが
思えるところがあって
楽しかった。
いつか、年代順に並んでいる展示を
やってくれるといいな。

実を言うと双曲平面のタイリングの絵を
期待して行ったのだけれど
ぼくが見逃したのでなければ
展示はなかった。残念。
ポストカードがあったので
それだけいただいて来ました。

2018年7月14日土曜日

サイエンスカフェ終わりました

東北大学サイエンスカフェで
「数学小噺~日常に数学を~」と
題して講演しました。

100席用意していたものの
予想を上回る数の方々にご来場頂き
増席したものの130席ほどで
限界を迎えてしまいました。
席をご用意できなかった方には
大変申し訳ありません。
それでも、1時間45分
最後まで立ち見で聴いてくださった方も結構いて
大変ありがたいです。

講演後は
こんなに瞳は輝くのか!と思うぐらい
目をキラキラさせた女の子が
紙一面をびっしり埋めるほどのメモをもとに
質問してくれたり
女子高生に握手してもらったりしました。
(いや、握手してくださいって言われたんですが)
5ボールカスケードができる
小学生くらいの男の子もきていて
うん、きっと彼はぼくよりジャグリング上手。
数学にかこつければ
ぼくぐらいのレベルで拍手もらえるんですよ!

一方で不満そうな顔をしながら
質問して来た男の子もいた。
それでいい。
ぼくの話はきっと鼻に付くとこあるし
実をいうと、少しムカついて欲しいとも思っている。
それは、きっと"いい"ムカつきだし
そんな風に溜まった"もやもや"が
中学生高校生のぼくが自分で歩き出すきっかけになった。

どんな話をしたか、気になる方は
8月には仙台のケーブルテレビで放送、
9月には講演の様子がYoutube にアップされるそうなので
そちらをぜひ、楽しみにお待ちください。

いろいろ楽しい経験でした!

2018年7月7日土曜日

マサイ族

来週のサイエンスカフェでお配りする自己紹介文です
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マサイです。
アフリカにマサイ族という民族がいます。
そこでは
「ジャンプ力が高い」と偉くなれると聞いて
小学生中学生の頃はずっとジャンプしてました。
ジャンプに疲れた後は
ジャグリングを始めて
ぼくの代わりにボールに高く舞ってもらいました。
高いところにいったり、ボールをたくさん投げたりすると
いつもの景色が違って見えます。
ぼくはスポーツや囲碁も好きです。
本当に集中力が高まって
試合のある瞬間にごくたまに見える“景色”が好きです。

「真の発見の旅とは
新しい景色を探すことではない
新しい目で見ることなのだ」

フランスの作家、マルセル・プルーストさんの言葉だそうです。
ぼくにとって「数学」は新しい目をくれるもの
今日は、“トポロジー”という数学を使って
「ジャグリング」をいつもと違う見方でみてみます。
数学がくれる新しい視点を少しでも
体感していただけたら嬉しいです。
途中途中に数学を学び研究するなかで
ぼくが世の中を見て、気づいたことも
お話ししたいと思っています。
よろしくお願いします。